雨上がりの夜が好き

気楽にいこう

10/4(再連載②)

たった今、『急に具合が悪くなる』を読み終えました。以前、私はアウトプットを行うにはインプットがまず必要であると書きましたが、その意味ではこの記事を書くのに、『急に具合が悪くなる』を読む必要があったのだと思います。

私が、宮野さん・磯野さんのお二人のやり取りを「消費」してこれを書くことが正しいのかどうかという葛藤はありますが、いま書けるものを書いてみたいと思います。ということで、先週より始まったブログ再連載計画の2回目となります。

            

まず、この度ブログの再連載を始めようと思ったのが何故なのか、自分と共に考えてみました。

理由や因果は様々にあるのですが、1番は自分のアイデンティティを見つめ直すため、そして手放さないためなのではないかという結論に至りました。

以前よりブログを読んで下さっている方は薄々ご存知かと思いますが、私は昨年の3月まで大学院生でした。そして4月からは会社員となり、専門分野とほぼ関係のない仕事をしています。環境の劇的な変化の中で、日々自分のアイデンティティの在処がわからなくなり、遠くなるような感覚があります。他方で、今いる場所はぬるま湯のようであり、ここにいれば(ものを書いたり考えたりしなければ)ずっと安穏と暮らしていけるだろうという感覚もあります。

さて、こう書くと、私が「アイデンティティ」を失ったのは社会人になったから、というストーリーラインが浮かび上がります。私自身、この数ヶ月そのように考えてきました。環境の変化が自分を書き換え、失った状態になったのだろう。そして、内省していないことを批判されない環境が更に拍車をかけているのだろうと。

しかし、実態はそうではないのです。
私はそもそも、大学院に入学し少し経った時点からアイデンティティを見失っていたのだということに、内省する中で気付きました。

             

まず、自分が大学院に行くことを決めたのは、卒論執筆が楽しかったからでした。
私はB3までもゼミに複数出てみたり、同じ専門分野の人たちと勉強会や読書会をしたりしていて、研究よりの学部生活を送っていました。
しかし、B3の2月頃から取り組み始めた卒論の執筆はそれとは違った楽しさでした。
それまではインプット中心だったのが、アウトプットが中心となり、文献や論文を読む感覚が変わりました。書き、批判され、文献を確認し人に聞いて訂正、そして書き足しの繰り返しの日々は私にとって非常に充実していました。
その中では、むかし読んだ入門書に書いてあったことを実は理解していなかったことが判明して2日かけて読み直したり、夢で知らない先生(非実在)に自分の無理解を詰められたりといったこともありましたが、とにかく全てが楽しかった。そして、どうせ40年働くのだから、あと2年だけこれをやろうと思って修士に上がることにしたわけです。

しかし、修士に上がった途端、その「楽しい」という感覚を純粋に得られなくなっていました。

ここには外的要因が二つと、内的要因が一つあると考えています。

一つ目は就活に中途半端に参入したことです。
卒論を出し終えたB4の終わり頃に、「修士に上がるからにはちゃんとした会社に就職しなければならない」という意識が芽生え、不明確な目的意識のまま就活を始めてしまいました。
結果、賢くコミュニケーション能力もあり、またサークルの仲間と勉強と飲み会ばかりしていた私と違って、「人と何かを成し遂げる経験」をきちんと積んだ歳下の学部生たちの熱にやられ、大学院生活の初めの方で研究に充てるはずだった気力を削がれてしまいました。

二つ目は、人間関係の変化です。
学部の頃に参加していた勉強会などは、修士に上がるにあたっていったん精算してしまいました。
また、友人はみな就職したり自分の専門を究めたりして会う機会が劇的に減り、進学先の大学院は過疎っていたため友人も研究仲間もできませんでした。これにより、就活セミナーなどの「疲れる」人間関係の割合が相対的に多くなり、精神的に疲弊していきました。

そしてここに内的要因が加わります。それは、研究課題のハードルの上昇です。
一言で言えば、研究課題のハードルが上がり、もはや自分の頭で対応できる範囲を超えてしまったのです。その結果、研究に取り組む気力を起こすのが難しくなり、また執筆や文献読みも遅々として進まなくなりました。
これら3つの要因により、私は大学院に入って早々、研究を「楽しい」と思えなくなってしまいました。
ここで、B1から研究にコミットしていた私のアイデンティティはいったん失われていたというわけです。研究は楽しくない、さりとて就活に向かうほど元気でもないという状態に陥った私は、「自分が何をしたいのかわからない」という状態に陥りました。結果、就活からは早々に離脱し、研究も進まない日々を送ることとなりました。

最終的には就活も研究も帳尻を合わせてなんとか乗り切ったのですが、その日々の中でも私はずっと、「私が本当にしたいことは何か?本当に欲しいものは何か?」という問いを抱えていました(というか、今も抱えています)。

             

さて、ここまで整理してきた内省は、私にとって『急に具合が悪くなる』の読書体験と並行しているものです。
私が『急に具合が悪くなる』から得たものはとても多い(本当に多い)ですが、その中でも特に大きかったのは、「人は、自分を物語やアイデンティティに閉じ込める必要はない、むしろ外へ飛び出していけ!」というものです。これが読者へのメッセージなのかは置いておいて、書簡を順に読んでいくと、これを宮野さんがご自身にずっと言い聞かせているのだろうことが、痛いほどに伝わってきます。(詳細は省きますが、読んだ人にはきっと伝わると思います。)
だから、私も自分の7年に及ぼうとしている「アイデンティティ喪失の物語」に、そしてそのアイデンティティに乗る必要は、実はないのだということに思い至りました。今回はその前段として自分の物語を整理することが目的でありました。そして、それは達成できたのではないかと思います。

また次回!

www.shobunsha.co.jp

9/27(再連載①)

 こんばんは、とてもお久しぶりです。

 

以前の投稿から沢山の時間が経ちました。その間に書き手である私を取り巻く環境は大きく変わり、触れる言葉たちも変わりました。きっと私の文章は以前のようでいて少しだけ変質し、目が粗くなっているでしょう。

 

書かなければいけない、と思いました。書くのでなくても、形にしなければいけない。

そうして頭の中を外に出さなければ、自分の輪郭がわからなくなってなくなってしまうようなイメージが、自分の中にあります。

そうは言っても、最近の自分の生活はひどくつまらなく、書くに値しません。けれどつまらない生活の中で、ものを考えることができる時間があります。それはジムに行っている時間です。

今までは、なんとはなしに過ごしていたジムの時間でものを考え、それをまとめてここに投稿しようと思います。週1回のペースで更新します。

 

よろしくお願いします。

 

未だ、青年

 ブログを数ヶ月更新していなかった。昨日、タイトルだけがスパッと思いついたので書き始める。(しかし、タイトル以外なにも思い付いておらず、ここからなにを書いたらいいのかがわからない)

 

 青年の次は壮年というらしい。壮年とは精神的に成熟し働き盛りの時期を指す。明確に定義されているわけではないが少年期と、そこで得てしまい青年期まで引き摺ったコンプレックスに区切りをつけ、社会に参画している人 みたいなニュアンスがある気がする。

 気付いたが、壮年期にある年齢の男性が、自分が未だ青年であることにコンプレックスを感じていることはけっこう多い。多いというか、私が見ているコンテンツにはそういう人が作り手になっているケースが多い。

 代表例は天竜川ナコン。ナコンはかなり率直にこの問題を考え続けているように見える。ナコンが動画で度々、同級生は家を買ったり家族を持ったりしているが、自分はいずれも手にしておらず、何者かになりたくて1人で動画をネットにアップし続けている というようなことを言うのは、彼もまた大人になれないことにコンプレックスを抱えているからに見える。ナコンの動画はだからこそ凄みがあって、彼の葛藤は切実に私の胸に届く。自分で設定したゲームを自分で攻略するという、本来の意味でのルサンチマンの超克を地で行っていて、その姿に私は本当に感動する。最新の動画では、「何者かになりたい」とは「普通になりたい」ということなんだ、と気付いてコンプレックスの呪縛を解いた。

 さて問題は、私である。私は一体、人生において何をしたいのだろうか。私にはどこかに行きたいとか、何か具体的なものが欲しいという物質的な欲求に乏しい。そうであれば、仕事をすることで社会の中で認められたいとか、パートナーと穏やかな生活を送りたいといった精神的な目標を持っているかと言われると難しい。確かに私はこれらのことを望んでいなくはないだろうが、それは内在的なものというよりも、なにか義務感のようなものによって外在的に沸いたもののような気がする。私自身が内在的に持っている「やりたいこと」とはどれなのだろうか、あるいはなんなのだろうか。私はいったいどこに行きたいのだろうか。それがわからない。わからなくて、日々どこへ向かえばいいのかわからないでいる。私は未だ青年で、まだ壮年になれそうもない。

 

 …とここまで書いていて、書き足す必要があると思った。
 そもそも、やりたいことや達成したい状態が内在的か外在的かという区別にはどこまで意味があるのだろうか。私は社会に生きているのであって、自分と自分以外の境界というのは、私が持っているイメージよりもきっとずっと曖昧だ。細かい趣味の一つに至るまで今までいた環境・今いる環境の影響を受けているのであって、大きな人生の指針となると尚更なのではないか。この社会で生きていくのだと決めている以上はそこから逃れられないし、むしろ逃れようとしてもどこにも辿り着けず置いてけぼりになるのではないか。もちろん、個々人が受け容れる「やりたいこと」と社会的に適切とされるそれが完全に一致するとは限らないし、そうしなければならないということではない。けれど、自分の「やりたいこと」を過度に懐疑することはきっと、私をどんどんと他の人たちから遠ざけていく。だから私のやりたいことは、「誰かと穏やかに暮らしたい」ということでいいのかもしれない。そして思考の上で納得したこの結論を腹落ちさせるのが、青年から壮年になることなのかもしれない。

音楽に引きこもっていた(7/14)

 音楽に引きこもっていた。思考をする出発点がいつも音楽ありきで、考えたいことを考えるために音楽を聴いた。また、辛い時も音楽を聴いた。辛い時は自分を落ち着かせる言葉が欲しくて音楽を聴いた。なにかを考えたい時と辛い時、つまり生活のほとんどで音楽を聴いていて、それもずっと同じアーティストを聴いていた。まさしく「引きこもっている」と言うべき状態で、それ以外のなんらかと対話をしたくなかった、正確にはできない状態だった。唯一対話をしたいと思い、受け入れていたのはそう、amazarashiの音楽だ。

 amazarashi及びフロントマンである秋田ひろむさんの言葉と音が、この頃の私の思考の出発点であり、苦悩を終着させるべきところだった。それはかなり自己完結的なのだが少しだけ外に開かれていて、なぜなら秋田さんと私は違う人間だからだ。人格として異なる人格を生きているというだけでなく、生まれも育ちも違い、見てきたものも違う。だからその意味で完全に自分に閉じてはないが、しかし私の中で完結する、ほぼ自己完結的なものである。

 恋や愛について考えたければラブソング、アノミーを聴き、いったい感情とはなんなのか、理性と感情の関係とは?を考えたければアンチノミーや命にふさわしいを聴き、生きている意味や自分にとっての自分の価値を考えたければジュブナイルや空っぽの空に潰されるを聴いた。励まして欲しい時はスターライトを聴いたし、深い絶望に打ち勝てなさそうな時はロストボーイズや1.0を聴いた。

 このように、私にとっては秋田ひろむさんの言葉、amazarashiの音は切実に必要なもので、もはやなくてはならないものになりつつある。


 話が変わる。最果タヒさんの『十代に共感する奴はみんな嘘つき』に、あるバンドの音楽で「救われた」「あの音楽があるから生きていける」ということをいう人が羨ましい、私はその音楽がなくても生きていけるし救われてないけど普通に好き、みたいな一節があった。(うろ覚えです)

 私はこれに、けっこうわかると思う。まず、このセンテンスが若干の腹黒さと、それよりも強い憧れの気持ちで書かれているとここでは仮定する。
 その上で、だ。何かのコンテンツを「救い」とか、「それがあるから生きていける」という域に達するほど好きだと言えるのはある種の信仰である。それがあることに人生の意味を見出せているような印象を受け、羨ましいというのはある。あらゆるコンテンツにはいくつかの側面があり、その中でも自分に都合のいい側面を全面で受け取ることができているように見えること。それから、自分の力で到達したのかもしれない、コンテンツは最後の一歩を与えたに過ぎないかもしれない人生哲学の教訓をコンテンツ由来のものであるように考えられている点。あとは、そのコンテンツでなくてもよく、なかったらなかったで他のコンテンツに「救われ」ていたかもしれないという必然性(偶然性)を疑っていない点。こんな感じのことが、漠然と「羨ましい」と感じる。(私の言語化能力ではこの辺りが限界です)

 

 これらを全て踏まえた上で言うが、私はamazarashiの音楽に「救われた」。少なくともこの半年間の闘いにおいて、amazarashiの音楽がなければ乗り切ることはできなかった。また、そもそもamazarashiや秋田さんの歌を指針としなければ生きる意味の消失に陥っていた可能性もある。

 これは好き/嫌いをじゃっかん超越した信仰だという自覚があるし、私自身がamazarashiの音や言葉から得たものは、私自身の力によって得られたものかもしれないというのもわかる。また、様相的な必然性がないということもわかる。
それでも、確かに「救われた」のだ。

 私自身、こんなに大量の留保をつけなければ「救われた」という言葉ひとつ使うことができない面倒な人間であり、けれどだからこそamazarashiの音楽が好きなのだろうということを述べて、この記事を閉じる。

読んでいただきありがとうございました。

 

books.bunshun.jp

戦いの終わり

 先日、半年間取り組んでいたことが終わった。そのプロジェクトはいくつかの技能が必要とされ、それらを同時並行で練習・実践・修正していく必要があった。マルチタスクを苦手とし、一点集中が得意な私にとってはかなり苦痛だった。加えて多角的な能力を見られていて、修正のプロセスでなにを修正すればいいのかが不透明だったので、苦戦を強いられた。

 しかし終わった。永遠に続くかに思われた戦いは決着が着いた。最悪7月ごろまでかかることを想定していたが、しかし常識の範囲内の長さで決着がついた。結果はまずまず。振り返れば反省すべきことや改善すべきだったことはいくらでも見つかるが、それは後の祭りというか岡目八目というか、その時の自分にはわからなかったことなので仕方ない。

 結果に対しては、人より遅く始めた中、限られた時間でよくやった方だろうという自分と、これまでの積み重ねを怠惰で台無しにしやがって、という自分がいる。あまりにも結果が出なくて一週間放棄してひたすらに映画を観たこともあれば、カフェに篭って小説をひたすら読んだこともあった。また、毎日2時間くらい何もせずamazarashiをひたすら流して泣く時間もあった。振り返るとだいぶサボっていて、プロジェクトに対して「全力」とは到底言い難い向き合い方しかできていなかった。そのとき主観的に物凄く辛かった自分と、客観的に見ればサボっているだけの自分、どちらが本当の姿なのだろうか。もう少し大きな話として、誰かに肯定されれば本当か疑い、否定されれば全て受け止めて自分を痛めつける私は、いつか自分を中立的に捉えることができるのだろうか。

 その中で出会った映画には、凄く沁みるものもあった。『イエスタデイ』では、自分への愛を本当に受け止めるためには虚飾を脱ぎ捨てる必要があることが説かれていた。『ニュー・シネマパラダイス』では、本当に相手のことを想った愛が時には相手を突き放すように見えること、けれどそれが相手にきちんと届くことがあるということが描かれていて、誰かの幸せをこんなに身を投げ出して願うことが自分にはできるだろうか、という問いを突きつけられた。生きていく上で考えるべきこと、知るべきことはあまりに多く、それは時が来なければきっと理解できない。だから今日も明日も生きていかなければならない。

 今回は以上!久しぶりの更新でした。いつも読んで頂き、ありがとうございます。

テーマソングに、『季節は次々死んでいく』のURLを添付します。よければぜひ。

www.youtube.com